インターネットテレビ ともいき

∵ 番組メニュー

国王のリーダーシップと民主化

この民主化のプロセス、特に現国王の仕事の仕方に、私はリーダーシップの理想像を見ます。また、ブータンの人たちも同様に彼らのロールモデルを国王に見るわけです。その話をさせて頂きます。

国王陛下にはいろいろな形で、世銀時代もそれ以後もお会いしていますが、初めて謁見を賜った時の思い出は非常に深いものがあります。謁見を終わって外に出たとたん、私は老子の『道徳経』を思い浮かべました。もう高校時代からまるっきり読んでいなかった中国の文献です。老子は指導者が取るべき形を、『道徳経』でいろいろな形で伝えています。その指導者の理想像を思い出しました。

政策などを施行した時に、それを民に意識させないくらいの自然な統治形態が、リーダーシップの最も望ましい形だというようなことが、『道徳経』にあったと思います。現国王はまさにその道を地でいくリーダーだと感じたのです。

初めて謁見を賜った時と申し上げましたが、私はその頃、副総裁になりたてで、世界銀行の非常に官僚的な文化を改革しようと意気込んでいました。これは職員一人一人の意識改革から始めなければいけないことです。その仕事を始めて半年くらいして、ブータンを初訪問したのです。国王陛下がブータンの政治改革でなされていることと、自分が世銀で始めた仕事の内容が、組織と国という違いはあっても、よく似ていたところがあったため、その話になりました。その頃、いろいろな悩み事を抱えておりましたから、結果的にリーダーとしての自分の迷いや寂しさなどを慰めて頂けた謁見でした。世界銀行の職員の意識を変えて組織が持つ一つの文化を変えようとした時、自分が副総裁を辞めても、何かそのまま動的に成長していくものを残したい思いがありました。自分が辞めたらもう駄目になるという改革はしたくありませんでした。そういう気持ちで謁見に臨み、老子の『道徳経』のことを思い出したのです。その時、国王に見たリーダーシップの形を、もう少し突っ込んでお話したいと思います。

国王がいろいろな言葉でおっしゃることは、権力にこだわるなということです。指導者として成功したいのならば、自ら進んで権力を放棄せよ。指導者の成功とは、自分がリーダーとして必要なくなる時である。それを目指して、権力には絶対にこだわるなといつもおっしゃる方です。

その考え方は、国王の主導のもとに今まで四十年近くなされてきた、民主化のプロセスを見るとよくわかります。歴史的に見て、民主主義はたいてい民が悪い権力者から奪い取るものです。そのプロセスで戦争や動乱があったり、または戦争に負けてどこかの国から民主主義を頂いたり、というのが世界史の常です。ブータンの場合はまったく逆さまなのです。絶対権力を持つ国王が「王制は国のためにならない、国づくりは民がするべきだ」と、国民を説得し続ける。自分の改革に対する姿勢を示して実行し、学習し続けるのが、現国王のリーダーシップの形だと思います。

どういうことをなされたかというと、即位なされてすぐに、中央集権型の制度をやめられた。そして県、されに市町村と、選挙制度を基にした地方自治体をつくられたわけです。それから制度を叩き上げて、それが滑らかに動き始めるまでの経験学習を数十年間なさいました。国会も、政党はなくても総選挙による議員の集まりに改革して、ここでもいろいろな制度がありますから、その制度を叩き上げるのに数十年間の経験学習を意図してなさったのです。

経験を通して、民主主義の立法府の形、習慣などができあがった頃、国王は、国会が決議した法案に対して王が持つ絶対拒否権を自ら進んで放棄されました。国会の議決を最高議決とする議案を国王が提出され、喧々囂々となったそうです。また、議会が国王を弾劾できるという法律も国会に提議され、それも二年をかけた議論となったそうです。

それはほんの数年前のことです。ブータンは今でも大臣は選挙で選ばれた政治家ではなくお役人ですが、国王が首相の役割も果たしていたのを、その首相の役割も放棄なさいました。大臣五人が毎年交代で首相を兼任する制度にしたのです。例えば、今年は農林大臣が、農林大臣の仕事をしながら首相を務める。来年は、大蔵大臣が首相を務める。そういう制度に変えたのが七年前だったと思います。

そのように、いろいろな形での民主化の制度改革を、自ら進んで三十年以上かけておやりになって、その道が成熟してきた頃に、学習してきたことを成文憲法にしようとされた。全国各県から代表者を選んでもらって委員会をつくられ、成文憲法の草案づくりを依頼されたのが三年前だったと思います。国王自身はその委員会にパラメータを提供して、ほかは自由に思う存分やってくれと言われたわけです。そのパラメータは、立憲君主制の基に、二政党制の議会制民主主義にすることでした。「国民のために書け。国王のために書いてはいけない。」それが命令でした。

協力:社団法人 学士会 本稿は平成18年10月10日夕食会(学士会が会員向けに毎月開催している)における講演の要旨です。

PLANT A TREE inc. All Rights Reserved.